私の日記 その百十一   -   잡문 [雜文]/日本語

日本文化院で小説を借りて来て読んだのがいつ頃からだろう。貸出カードを作って貰い
3冊づつ借りて来ては半月程過ぎて戻す事をずっと続けていたのが、知人が送ってくれる
本を読んだり、日本旅行で求めた本等で間に合い、ここ数年ご無沙汰したのだ。
今日久しぶりに娘と外出する用が出来たのでついでに日本文化院へ寄り, 文庫本を二冊
貸して来た。横山秀夫の「動機」と, 有川浩と云う作家は初めてだが, 小説の題
「三匹のおっさん」が面白そうだと娘が言うので笑いながら選んだ。
本棚に小説はいっぱいだが殆んど読み終えた本で、先月の日本旅行で求めた八冊も讀破、
面白くなくて途中で投げ出した本を探して読んでいるこの頃なので、二冊を眺めると
嬉しくなる。返す時お供すると娘が囁くので、当たり前だわ、と云って二人笑ったっけ。

日本文化院の付近は明洞に負けない程観光客が溢れていた。娘と昼食を取った食堂にも
中央の座は西洋人が占めていて、私達の後ろ席には中国人男女、向かい側は子供達を連れた
日本家族、なるほど此所は観光客目当ての繁華街だなあとつぶやいたものだ

 

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*東亞日報 : 2019年5月19日   -   번역 [飜譯]/韓日飜譯 [한일번역]

[國際] 四肢痲痹の中国靑年、口で紙鶴を折りギネスブックに載る
腦性麻痺で四肢を使えない中国青年が口で紙鶴等を折り、家族の生計を助けるのは勿論の事ギネスブックに上がる等、人間勝利の典型になっていると香港のサウスチャイナ・モーニングポスト(SCMP)が19日報道した.
山東省に住んでいる今年二十九歳のカオクアンリ氏は先天性腦性麻痺で口以外には自身が勝手に動けない. 話も出来ない程の重症腦性麻痺だ. 
彼は洗面は勿論の事、歯磨きも一人で出来ない. しかしながら彼は家族の生計を助ける為、口で紙鶴を折る練習をした.
彼は、今は口で殆んど全ての折り紙が出来る. 彼は紙鶴は勿論の事, 船, 飛行機, 蛙等を口で折れる.
彼は2017年口で3分34秒目に船を折ってギネスブックに上がったこともある. 最も難しいのが紙鶴だ. 紙鶴を折るには20分程がかかる. 
彼が折り紙に興味を感じたのは12才の時だ. 彼は以後独学で折り紙をマスターした.
機会は翌年に訪れた. 他の障害者友人が路上ライブをしていて, 彼に一緒にしようと提案したのだ. 友人は歌を唄い, 彼は口で紙鶴を折った. 
以後彼は口コミに乗り名を遂げ始め, 数年後中国のオンライン商去來サイトの「多叔母緒(タオバオ」モールに自身の商店をこしらえた. 
タオバオモールを通じて注文が来ると彼は折り紙を制作して売った. 此所で得た収入金は家族暮らしの足しにした.
かような音沙汰がSNSに乗って拡がり彼は有名人士になってついにはギネスブックにも上がることになった.
彼は夢が多くある. 一旦自分と同じ境遇に居る障碍者等が働くことの出来る工房を設ける事だ. より大きい夢は言葉を習って自身の経験を障礙友等と分かち合いながら彼らに夢を植え付ける事だとSCMPは伝えた.

*동아일보  2019년5월19일    
[국제] 사지마비 中청년 입으로 종이학 접어 기네스북 올라
뇌성마비로 사지를 못 쓰는 중국 청년이 입으로 종이학 등을 접어 가족의 생계는 돕는 것은 물론 기네스북에도 오르는 등 인간승리의 전형이 되고 있다고 홍콩의 사우스차이나모닝포스트(SCMP)가 19일 보도했다.
산둥성에 살고 있는 올해 29세의 까오광리씨는 선천성 뇌성마비로 입 이외에는 자신이 맘대로 움직일 수 없다. 말도 할 수 없을 정도로 중증 뇌성마비다. 
그는 세수는 물론 양치질도 혼자서 할 수 없다. 그러나 그는 가족의 생계를 돕기 위해 입으로 종이학을 접는 연습을 했다.
그는 지금은 입으로 거의 모든 오리가미(종이접기)를 할 수 있다. 그는 종이학은 물론, 배, 비행기, 개구리 등을 입으로 접을 수 있다.
그는 2017년 입으로 3분34초 만에 배를 접어 기네스북에 오르기도 했다. 가장 힘든 것이 종이학이다. 종이학을 접는 데는 20분 정도가 걸린다. 
그가 오리가미에 흥미를 느낀 것은 12세 때다. 그는 이후 독학으로 오리가미를 마스터했다.
기회는 다음 해에 찾아왔다. 다른 장애인 친구가 길거리 버스킹을 하는데, 그에게 함께 하자고 제안한 것. 친구는 노래를 부르고, 그는 입으로 종이학을 접었다. 
이후 그는 입소문을 타고 명성을 얻기 시작했고, 몇 년 후 중국의 온라인 상거래 사이트인 ‘타오바오’몰에 자신의 상점을 차렸다. 
타오바오몰을 통해 주문이 오면 그는 오리가미를 제작해 팔았다. 여기서 얻은 수입금은 가족의 생계에 보탰다.
이같은 소식이 SNS를 타고 퍼지면서 그는 유명인사가 됐고, 급기야 기네스북에도 오르게 됐다.
그는 꿈이 많다. 일단 자신과 같은 처지에 있는 장애인들이 일할 수 있는 공방을 차리는 것이다. 더 큰 꿈은 말을 배워 자신의 경험을 장애우들과 나누며 그들에게 꿈을 심어주는 것이라고 SCMP는 전했다.

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