癒しの溫泉旅行   -   기행문 [紀行文]

一年前, 心筋症と云う病気、入院治療を受けた時は、もう自分の命も
終わりに近づいたのかと半分諦めていました。だから退院の際、絶対安静が
必要と、可能な限り体を動かさないようにと、主治医が言い渡したにも関わらず
半年後に日本旅行を敢行しました。どうしたものかと迷い続ける息子と娘に、
温泉に浸かるなどしてゆっくり休んで来たら病気も好転するに違いないと
説得しつつ、内心これが最後の海外旅行になるだろうと、ちょっぴり侘しくも
なりました。
早速四五日の九州旅行スケジュールを組んだが、ホテル予約などをするのは
わたしの役目、幸いパソコンを扱えるし、日本語もどうにか通じ合うぐらいは
しゃべれるので、予め調べておいた熊本と雲仙、島原のホテル予約を成し遂げました。 
荷造りは子供等が言い渡す通り私の荷物を二人のトランクに分けて詰め、肩に
かけられるバッグ一つだけを自分で持つことにしました。
出発の日は快晴、十一月のソウルは冷え冷えとしたものでしたが、九州は
まだまだ晩夏の日和りでした。
団体旅行ではないので一から十まで自分がやらねばならない、歳が歳だし
体も弱りきっているので思う通りにことを運べずもどかしかったものでしたが
それでも息子が言葉以外のことはすべててきぱきと裁くので、どうにか
迷わずに旅行を楽しむことができました。
9時半発の飛行機なので一時間半前に空港へ着きましたが、びっくり仰天
アシアナ空港のカウンター前は人山人海です。中国発が何便も重なり、
その荷物の多いこと、蛇のように曲がった列はなかなか前に進みません。
飛行機に乗るまでいらいらしっぱなしでした。

熊本空港の入国審査で人指し指の撮影が巧く行かず、何度も繰り返し
(指に力が入らないそうで)やっと済ませて外に出たら気持良い秋晴れで
胸をいっぱい開いてきれいな空気を吸い込みました。

簡単に考えたのが、熊本空港から雲仙温泉まではたいへんな道程で、
リムジンで熊本駅へ、バスに乗り換え熊本港へ、そこでオーシャンアロー
(フェリー)で有明海を渡り、またバスに乗って雲仙にたどり着くわけですが
スムーズに乗り継ぎが行われず無駄な時間を相当費やしました。

雲仙温泉は最高でした。島原から雲仙までのすばらしい秋景色はずっと心に残ることと
思います。インターネットで選んだ宿は湯も露天風呂も、食事も申し分ありませんでした.
偏食で小食の息子が出された会食を残らず平らげたのも驚きですが、日に3度も
風呂場へ出かけるのにはあきれました。勿論私も娘も食欲旺盛で、朝夕露天風呂に
浸かりながら体力を取り戻しましたが。


島原では温泉浴よりも有明海に昇る日の出を観るのが望みでしたが、惜しくも
早朝は曇り空で水平線から太陽が顔を出す壮観には恵まれませんでした。でも
30分ぐらい粘り強く待ったあげく、雲の隙間から真っ赤な太陽が顔を出し、その
光が海を照らすすばらしいビュウを眺められたから願いを半分は適えたことにします。
島原のホテルも料金の割には立派で、日の出と対岸を観られる角部屋は襖で仕切られる
14帖、部屋で取る会席料理も口にピッタリ合い、大満足でした。

島原港からのオーシャンアローで熊本港に降りた後のことです。熊本のホテルへ
行くためバスを待っていると年輩の西洋人夫婦が私にたどたどしい日本語で
クマモトワ トオイデスカと聞くのです。私が'Not so far'と答えると'ワタシ 
カゴシマニ ユキマス'と言うので、それでは熊本駅までバスに乗ればいいでしょうと
教えてあげ、タイミング良く現われたバスに一緒に乗りました。二人は前の方に席を取り、
ずっと耳を傾けていながら時々私を振り向きほほえんでいましたが、'次は熊本駅です'
とのアナウンスが出ると、私にここかと指を指すので頷くや大きなリュックサックと
トランクをかかえて降り、バスが出るまで私に手を振っているのを見て、息子が
'親切な日本のお婆さんに見えたんだな'とからかいました。そう言えば、飛行機の中で
入国申告書を配る韓国のスチュアデスが'日本の方ですか?'と聞いた時つい'いいえ'
と答えて娘に笑われましたっけ。


最後の夜は熊本で泊り、午前中に熊本城へ出かけました。一応中に入り適当なところで
子供たちが城の中を見回る間やすんでいようとしたら、入り口にちゃんと車椅子が
備えてあり、それに乗って楽に城を見物しましたが、所々にボランティアの方が居て
城の中に入る時は椅子を替えてくれ、靴の下まで拭いて呉れるのには恐縮しました。

久しぶりの旅行でしたのでくだくだとつまらない話を述べましたが、今度の旅は
ほんとに充実した、またとない親子三人の旅行だったと思われます。
はい、充分癒してきました。

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記憶を噛みつつ生きて行くという言葉があるが、この頃はただただ昔の思い出に
浸りながら日々を送っている。元々外出嫌いだったが、身心共に弱り果てたこの頃は
ろくに散歩もせず家に閉じこもり、パソコンの前で時を送る。年老いてこれほど自分に
ぴったりの玩具と遊べるなんて夢みたいなことで、手解きしてくれた息子に感謝する
ばかり、今日も朝からホームページを開けて、家族写真などを眺めつつ、楽しかった
あの頃を偲んでいる。
家族があったからこそ想い出をこんなに溢れるほど胸に詰め込むことが可能だったと
思うだけで心が温かくなる。この頃いやに物忘れが酷くなったが、幸いにも子供達との旅は    
昨日のことのように浮ぶのがありがたい。
そうだ、いくばくも残っていない受命、ゆったりと前向きに生きよう。
窓に映る真っ青な秋空が眩しかった。

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