[隨筆] 外交は踊る : 崔浩中 [28]   -   번역 [飜譯]/韓日飜譯 [한일번역]

いて訪問したロンドンのいとられているのとはなり, 盧大統領到着した1127快晴だった宿所数多くの王宮ではなくて市内中心のホテルだったのが納得出来なかったけれども仕方無いことだ全斗煥大統領迎賓館でないりはホテルより大使官邸いと大使館邸防彈裝置をする等大騒ぎになったことがあったとうが盧大統領はホテルがかえってくと一般人のような姿勢をみせた

公式行事はウェストミンスター寺院へ参り献花することで始まった。それが伝統を誇る儀式だと云われるのだ。ロンドン市庁を訪問して市長主催の午餐に参席するのも長い慣例に従ったことで、午餐が始まると知らせる信号は木片を三度打ちつつ聞き馴れないことを叫ぶ行動だった。我ら一行はそのような慣例を知らなかったのでびっくりしつつ笑うしかなかった。皆座席に坐って食事をする間、静かに奏でる音楽演奏の中に玄濟明作曲の「希望の国へ」とメキシコの歌「ベサメ厶ーチョ」が入っていた。盧大統領の愛唱曲であることを知っての細かな心遣いであることに違いなかった。
エリザベス女王を礼訪して午餐を受けた。Buckingham宮を訪れたのは盧大統領夫婦や私にはたいへん貴重な経験だった。エリザベス女王は実に優雅で品位がある。午餐の時は盧大統領が女王の右側で私が左側に坐ったが、女王は一時盧大統領と話を交わした後、そうするべき義務でもあるかのように私とも暫し話を交わすのだ。話題はわが国の女性の日常生活や自然環境等、軽いもので、私に負担をかけないようにすごく気を遣うのを感じることが出来た。
Margaret・Thatcher首相がダウニング街10番地の首相官邸で開いた晩餐もすごく印象的だった. 英国の痼疾的鉄鋼勞組のストライキに強く立ち向かってこれを解決し、Falk Islandsの領有権を巡るアルゼンチンとの対決で勝利を成し遂げた鉄拳宰相に似合わず、盧泰愚大統領を迎える彼女は英国最初の女性首相になったばかりか英国歴史上最長の在任期間を誇る女性首相になるはずだとのことを痛感した。

仏蘭西訪問は欧州巡訪の大尾を飾ることに満足する程荘厳で華麗だった。仏蘭西はそれこそ国賓としての盧大統領夫婦を丁重に歓待したのだ。
十一月三十日の午後、パリ近郊空港へ降りる前に、盧大統領搭乘機は空中を大きく一回旋回した。ミテラン大統領夫婦を乗せて来たヘリコプターを先に降す為だった。空港に訪問国の大統領が直接現れ盛大な歓迎行事を行なうのは特別な礼遇に違いない。今度のヨーロッパ旅行の中で、仏蘭西以外の国では国家元首が触接空港まで迎接に現れたことが無いばかりか、わが国でも大統領が空港まで出かけて外国元首を迎接する慣例を中断して程遠いのだ。
両大統領は喜ばしく握手を交わした後、同じ乗用車に同乘して迎賓館へ向った。お出ましの車がパリ中心街であるシャンゼリゼに着くや、華麗な傳統服裝を纏った騎馬隊が前後を護衛する。沿道には仏蘭西の三色旗とわが国の太極旗が並んで靡いていた。クリスマスを前にしていて、街ごと裝飾が華やかだが、両国の旗はその裝飾とうまく交わって一大壮観を成していた。
迎賓館は英国とは異なりホテルではなく古色蒼然な宮殿だった。フランス大統領宮と知られているエリーゼ宮からさほど遠くなかった。そこで盛大な歓迎晩餐が行われた。フランス料理やフランス葡萄酒がどんなものかを明かすのに十分だったわけだが、我らを愉快にさせたことは晩餐後に行われた簡単な余興行事だった。ミテラン大統領は自分が好む男性シャンソン歌手を呼び、格式を正さない庶民的な雰囲気を醸し出させたのだ。みんな気楽に手を打ちつつ一時を楽しむことだ出来た。
翌朝の凱旋門無名勇士墓に獻花する行事も印象的だった. 韓国動乱に参戦された老兵達が軍服姿で現れて、自分達が命を挙げつつ守った国から訪れた大統領を歓迎した。天気がほどほど冷たかったけれども直立して兵士らしい気品を失わなかった。その行事で凱旋門を取り巻く八通十達の道路網が一時統制されたが、パリ市民たちは意に介しない表情だった。
フランス訪問で一つ目新しいことがあったとすれば、フランスが誇る高速電鉄TGVに試乘したことだ。それは迂餘曲折の末にやっと成し遂げられたことであったのだ。
大統領の外国訪問時には、ソウル出発に先立ち靑瓦台へ日程を報告して裁可を受けるのが慣例であった。事前踏査を終えて来た朴健雨儀典長が、盧大統領夫婦の前で日程に依って詳しく報告を行ったている中で、フランスではTGVに試乘なさることを願っているがどうすれば良いか決定してほしいとのべる。それは簡単に結論を出せない微妙な問題だった。
京釜高速電鉄を狙って日本、ドイツ、フランスが猛烈な角逐戰を広げている局面に、大統領がTGVにに乗るとすれば、これはTGVを選択するとの意思表明として受け入れる恐れがあるので、乗らないのが良かろうというのが靑瓦台秘書陣の立場だった。しかし外務部の考えはこれと異なった。フランスは負担など無しで自分等が誇るTGVに一度乗ってみてくれと言うのだから彼らの希望に従うのが正しいとの立場だった。
盧大統領は報告を聞き終わった後、意見を話してみよと、座中を一度見回る。秘書陣では誰も口を開こうとしなかった。私は自分しか無いことを直感し静かに口を開いた。
「今フランスでは国賓として我が一行を迎える準備をしつつ、TGVにぜひ乗ってみてくれと言っているのに、それを断って彼らの気を損ねつつ彼らの国を訪れて国賓待遇を受けようとするのは正しくないと思われる。尚、TGVに乗らないという事はこの先TGVは考慮対象から外すと受け入れられる恐れもある。フランスはTGV選定可否とは関係無しに、ただ自国の誇りであるTGVに一度乗ってくれとの事だから複雑に考えず軽い気持で乗ってみるのも良いと思う」。
大体このように私の考えを明かすと盧大統領の側に座っていた金玉淑女史が、「それはそうですね」と突然一言を言う。盧大統領は何にも言わなかった。他の意見は全然無い。こうしてTGV試乘が決定された。
フランスはなんかたいそうなことを行うような大騒ぎだった。フランス経済人、TGV関係者等、多数を同乘させて韓・佛経済協力に対する強い意欲を見せる一方、TGVの優れた性能を仔細に説明した。その自慢は相当なものだった。
盧大統領は微笑みつつ静かに聞いていた後、彼らを楽しませてやろうとするごとく、「この先TGVがヨーロッパのみでは無しに遠くシベリア広野を貫き、東アジアまで進出する日が来ると思う、と一言述べた。わが国までとは云わなかったけれどもフランス人達はこの話に大きく鼓舞されたようだ。みんな喜色満面だった。
このようにしてフランス訪問を終えた盧大統領は、12月2日パリを離れて米国シアトルで一泊した後、12月4日ソウルへ戻った。16泊17日のすごく長い旅程であったけれども、退屈や疲労を感じなかった。
盧大統領は帰国挨拶で、もう我らは世界の中で発展して行く揺るがない足場を整えたと前置きし、繁栄と統一に向かう我らの前進みを加速化しようと強調した。考えによっては中身の無い頂上外交のように見えたかも知れないが、それなりに義意もあったし成果も大きかったと自ずと評価し、暫しの外遊を正当化しようとの一言であった。

海外旅行は男女老少を問わずほとんどみんなが楽しむこと故国家元首とて例外ではないけれども、わが国の国際的地位が向上して外国で真面な待遇を受けるようになってからは、歴代大統領と令夫人誰もが海外に出ることをすごく好むのが事実である。大統領になった甲斐を最も大きく感じるのは何よりも外国へ行って手厚いもてなしを受ける時であることを隠さない。実際煩わしい国内政治に悩まされること無く気楽に享受することを断る人が何処にあろう。
しかし頂上の外遊にはその準備から完了に至るまで為すべき仕事が一つ二つではないばかりか、予算面だけ見ても莫大な経費を所用するからには、確実な成果を上げてこそ正當性を認められるのは勿論のことだ。このように見ると、はたして数多くの大統領外遊がすべて成果のあったお出ましだったのか疑われるのが事実であるが、その実情を正確に振り分けられないのが現実である事を見れば、頂上外交の虛実は容易く問い詰めるには難しい宿題として残るしかないと考えられる。

저작자 표시 비영리 동일 조건 변경 허락
신고

댓글을 달아 주세요